6歳上の姉が私が幼稚園のころからお琴を習っており、この六段の調べは物心ついたころから中高生で音楽に目覚める時まで、殆ど毎日のように姉の弾く琴の音を耳にしていたことから、私の心にずしりと残っています。ある意味、私にとって、音楽の原点にある曲と言えます。私が、音楽と運命的な出会いを感じたのは中学3年生のときに鑑賞したロシア民族楽派ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」によってでしたが、原点はこちらの筝曲のほうにあります。はじめから西洋的な音楽だったわけではありません。
福島に住んでいた時、姉は山田流の先生について学んでいました。が、八戸に越したら、山田流の先生がおらず、生田流に変えてやっていました。
爪の形からして違うと、姉が初めぶつぶつ言うのを聞いたことがありましたが、やがて姉は師範の免状までものにするようになっていきました。
一人無心に琴を弾き、唄いを口ずさむ時が至福の時だと語ってくれたことがあります。
家族は八戸に10年間住み、やがて父の仕事の都合で埼玉に越し(その後晩年は本籍のある福島の田舎へ)、私の兄弟はそれぞれ埼玉に、福島に、神奈川に、私は関西圏を中心に転々とする中、姉は結婚して八戸に。
兄弟5人が顔を合わせて一緒に写真をとったのが、甥の結婚式のとき、もう25年前か。
六段の音(ね)を聴くと姉のほっそりした母に似た顔を思い出す。
2023/2/22
これは「みだれ」、これも姉が弾いていた曲として心に残っています。